• 竹村太佑

菜根譚


「生きるために食べよ、食べるために生きるな」(ソクラテス)

生活の根幹は衣食住、先ず食べねば生きていけない。生きていくことは生物として大前提な話。

どう生きるかが優先的なコトあって、何を食べるかは生き方によって変わるコト。

「働く」コトで生活の糧を得ている現代社会。

  「働くために食べよ、食べるために働くな」

が正しいのか、はたまた

  「働くために食べるな、食べるために働け」

が正しいのか。

生きるコトと働くコト、そして食べるコトの相互関係はどう考えるべきか。

戦前(昭和な表現で平成世代にはピンとこない)の日本では、「論語」「十八史略」「唐詩選」などの歴史書が基本的な教養の入門書とされてきた。戦後も道徳として倫理観のエッセンスが教えられてきた。

儒教や道教については知らなくても、孔子や老荘、秦の始皇帝、諸葛亮孔明ぐらいは知っている。

外国人が日本人のマナーに驚くのも、道徳教育に由来するところが大きいのでしょう。

社会におけるルールやその史実を古典は教えてくれる。しかし、心の悩みまでは解決してはくれない。そこは宗教の管轄で、中国ではインド仏教から禅宗が盛衰し、千年経た今では日本のモノのようになっている。達磨や坐禅は誰でも知っているが、禅がなんたるかまでは知らない。

比較的新しい古典(明代)である「菜根譚」は、処世術の実践書として親しまれてきた。本来は異なる思想である儒仏道の教えを融合した「生きるためのバランス感覚」を示しているため、その老練な考え方が若いうちは理解し難くとも、歳を重ねることで理解できる。そして「鍛える」ことの何たるかを知ることができる。

生きるコト、働くコト、食べるコト。社会にはもっと多くのコトとモノがあり、ヒトがいる。

ヒトを率いる管理職、経営者に必須の教養だと思います。

竹村太佑(経営・情報戦略アドバイザー) http://prof.kobe-city.jp/

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